プロローグ


液体が顔を伝う。
ふ、と目を開けるとそこは、音も、色も、何もかもがない白の世界だった。
空のあの青も、花のあの鮮やかな色も、騒がしいあの街の音も、鳥がさえずるあの声も、

忘れたかのように、何もない。

ただ一つ、この世界には雨が降っていた。
音も、冷たさも、何もないが、上空から降ってくるのだからきっと雨なのだろう。
雨は、頭から足の先まで私をぬらした。
顔にぬれた髪がつく。
手でそれをかきあげながら、私はあたりを見回す。
“ここはどこなのだろう?”
きっとそんなことを考えていても、答えは見つからないのだ。
音も、色も、何もないこの世界に、私がちゃんと存在しているのかどうかも怪しい。
ただ、考えることはいくらでもできるから、心だけは存在しているのだろう。
と、突然どこかに鋭い痛みが走った。
(?)
足元に目線を移す。と、自分の手があった。
身体も存在している。
それをゆっくり頭の中で確認すると、痛みの先を見た。

血だ。

色を忘れたはずのこの世界で、鮮明な紅の血が雨と混じりあいながら私の腕を伝ってゆく。
それは、雫となって足元へ落ちた。
白い世界に、紅色がよく映える。

傷の痛みはとっくに消えていたが、心がきゅ、と縮んだような気がした。

血は、足元へ落ちるたびに白に滲み、大きな紅の花となって咲いている。
美しかった。
現実の世界のものではない、美しさがそこにはあった。

しかし、それは目に見える“死”の世界のようでもあった。